文化

⼈類の何千年もの間、築いてきた奇跡が⽂化でる。

モリンホール(⾺頭琴)

⾺を家族のように愛するモンゴルの⼈々はその愛を表現し、作った のが⾺頭琴である。(⾺頭琴は内モンゴルの名で、モンゴル語ではモ リンホールと⾔います。)その中で Tovshluur(トブッシュール),Ehil(エ ヒル),Tsoor(ツォール),⽵の⾺頭琴が⾮常に古い楽器である。

モリンホ ールが匈奴時代に作られたと⾔われています。楽器の⼀番上に⾺の 頭を彫刻していることからモリンホールと名を付られました。 ⾺頭琴は、平和と繁栄の意味を表します。だから、モンゴル⼈に取っ ては特別な楽器で、各家庭の⼀番上に飾られています。

チンギスカンは20万⼈の騎兵隊を集め、40万〜50万頭の⾺を 連れてたと⾔われています。したがって、歴史家はモンゴル軍の主⼒ は⾺であり、チンギスカンがその⼒を⽣み出したと考えています。

現代ではモリンホールを弾く⼈が増えている⼀⽅で、ポロの⼈も増 えています。モリンホールを習う⼈は、最初に⾺の歩く⾳を習います。 1940年頃ポロのミュージシャン達がモンゴルの伝統的な曲と世 界的な有名なメロディーをモリンホールで演奏していました。 そして、1992年モリンホールアンサンブルが始まり、現在30⼈ 以上のメンバーがいます。

2002年モンゴルの⼤統領がモリンホールを広げるように法令し たので、モンゴルのすべての家族や企業が飾るようになりました。2 003年にユネスコの世界遺産に登録されてます。

モンゴル・ビェルゲー

モンゴル⼈の喜び、⽣活、習慣などを表す古くから現代に受け継がれ たユニークな舞踊りの⼀つがビェルゲーです。ビェルゲーを舞う⼈ はモンゴル⼈の仕事ぶり、⽣活、習慣などを⾃分の感動、感じ、⾏動 で表現します。モンゴルの⻄部の(オリアンハイ⼈、トルグード、ド ゥルブェド、バヤダ、ザフチン、カザフ、ホトン、ミャンガド)ビェ ルゲーは⼀般的な⽣活様⼦と似ているように⾒えますが、それぞれ の動に独⾃の特徴があり、異なる意味を表しています。

ユニークなビェルゲーの始まりは遊牧⺠が活動し、ゲルが造られた 時からと ⾒ ています。 ⾳ 楽 学 者 、 学 者 、⾳楽受 賞 者 である S.SORONZONBOLD さんは、匈奴⾳楽に関する彼の報告書に「匈奴時 代にビー・ビェルゲーがあったかも知れない」と結論を出しています。 ⼜、モンゴルの古代の経典である“モンゴル秘史”にはこの踊りについ て次のように書かれています。「モンゴル⼈は揺れる⽊の下で、ボツ ボツの⼟がなくなるまで、草がるつるになるまで踊ってる」 (モンゴル語の意味をそのまま⽇本語に翻訳するのが難しいため、 意味を表現して訳したものである)

ビェルゲーはモンゴル⽂化の無形⽂化遺産のユニークな⽂化に分類 され、2009 年にユネスコの緊急保護が必要な無形⽂化遺産に登録さ れました。

モンゴル⺠謡の⻑歌

モンゴル⺠謡の⻑歌の素晴らしさは独特であり、モンゴルの広々の 草原が歌う⼈の声の範囲に関係していると考える⼈もいます。遊牧 ⺠の⽇常⽣活に由来するメロディーと考えられます。⻑歌の流れは、 ⽣活に由来する意味を持っており、特に歌詞やメロディーの作者は いない。

何百年に渡って歌われてきたので、「⻑歌」と呼ばれていると⾔われ ますが、国際辞書では、次のように述べています。「モンゴルの伝統 ⾳楽芸術の基本的なエレメントで、歌の⻑さではなく、各詩の⻑さが ポイントで、この特徴から⻑歌と呼ぶようになったのではないかと。 この特徴により、場合によっては 4 分の曲の歌詞は、わずか10語 が含まれていることがあります。」

⻑歌の内容は哲学的、宗教的、恋愛、喜び、⽂化などに異なります。 ⾺や、象徴的な⾔葉などが頻繁に⼊っているから⾒れば、モンゴル⼈ の⽇常⽣活、習慣の特徴でしょう。⻑歌の中では、Tuv Khalkh(トゥ ブ・ハラフ)の⻑歌は曲をモリンホールで演奏して歌います。場合に よってフルートが伴われます。⼀⽅、⻄モンゴル⼈は楽器を使わず、 ソロで歌い、少数の⼈がイケル楽器でメロディーを演奏します。

モンゴルの⻑歌から⼀つ紹介します。⻑歌の内容は、意味が深いで、 哲学的である。 (Jaa, ider tsovoo saruul sergelen nasandaa) ジャー、若くて元気な歳で (Es sursan erdem nomiig) 学ぶべきだった知識を (Utulj harisan hoinoo) 歳を重て、過ぎた後 (Ergej surna gedeg berh shuu dee) 学ぶということが難しいだろう (Ta, minu zee) 若きあなたよ と若い世代に向けて語ってる歌です。このように⻑歌は⻑い間、形式 と内容の点で完全に進展しており、⾔葉の芸術と⾳楽芸術の中で⽋ かせさない⼀部となっています。

2005 年に⻑歌は、ユネスコの世界遺産と登録されました。そして、 世界でも無形⽂化財の中で価値の⾼いものだと考えてます。

ホーミー(喉歌)

ホーミーは、モンゴルの⾳楽芸術の⼀種です。ホーミーはいつ発⽣し たものなのか?正確な情報はないですが、ウィキペディアでは「ホー ミーの確実な記述は、Pallas による18世紀中旬のものが最も古いも の」だと記載されています。

⼤⾃然を崇拝するその素晴らしい思い、 遊牧⺠⽣活習慣そのものがホーミーを⽣み出したのかも知りません。

ホーミーを様々な意⾒で解釈する中で、「⾳を真似する芸術」と説明 する⼈もいます。つまり唸り声のような低い声と⾮常に⾼い声この ⼆つの⾳を同時に出す⼝笛のような発声なのです。ホーミーは、簡単 そうで、その独特な発声を正しく出すには沢⼭の練習と技術が必要 ため、研究者らの注⽬を集める芸術である。モンゴルでは、ホブド県 チャンドマン村の住⺠のほとんどがホーミーをできると⾔われてい ます。

⼤⾃然を⼤切にしてきたモンゴル⺠族は、⾃然からインスピレーシ ョンと⼒を得て、⾃然の⾳を真似するだけではなく、⾃然そのもを受 け⼊れ尊敬しているからこそこの素晴らしい芸術を⽣み出したと思 います。

現代若者達もホーミーに興味をもち、現代の⾳楽などと合わせて歌 ったりしています。 その中で、海外で超有名になっているのが、“THE HU” バンドである。このバンドのメーンバー達は⾃分達でモリンホ ール弾いて、ホーミーもやっています。このバンドの “yuve yuve yu”, “wolf totem”, “this is mongol”などの歌⼿が⼈気です。ロックが好きな ⼈はぜひ、聞いてみてください。

中国では紀元前 3 世紀にはフン族は 2 種類の楽器を使⽤していた、それはクンホウとフークンホウです。ク ンホウは琴で、フークンホウは⾺頭琴の仲間だと⾔われています。

ホビライ・ハーンの時代、⾳楽委員会が設⽴され、しかも国の⼤事な ⾏事など演奏に琴、縦琴、横琴、⾓のある琴、アーチ型の琴などが 含まれていたと。この伝統は現代でも維持されており、モンゴルのオ ーケストラに含まれています。約 500年前に書かれた“ジャンガル” の叙事詩には、「彼は 91 弦の⾼い琴を⼿に取り、⽵の森の中で卵を 産む⽩⿃が美しい声で歌っている様に、湖で卵を産む⿃が美しい声 で歌っている様に 綺麗な12⾳が流れる」と記録されています。

18 世紀には、バヤンホンゴル県のノムンハン僧院での仏教の集会で 琴を弾いてたという証拠があります。 モンゴル⼈は珍しい「⼈間琴」や「⻁琴」などの琴を製作していたと。 モンゴル製の琴は、製作者の個性と想像⼒を富み、美しい形、明るい ⾊、そしてモンゴル⼈の伝統的なシンボルを取り⼊れた美しい装飾 されています。また、最も細い弦が⼀番⼿前にあり、5 ⾳の順番で演 奏されるのも特徴です。

琴は、弦楽器の中で最も古いものである。

5000 年前、Jagar(ジャガ ル)の王であるラワナが弦だけで弾ける⾳楽を作る提案出したのが 琴の始まりだと⾔われます。

ゲル

遊牧⽣活に最適なその構造の点で⾮常に興味深いものです。例えば、 移動が多いため軽くて、コンパクトで組み⽴てが簡単、丈夫で、暑い 時期は涼しく、寒い時期は暖かく、換気空気も考えたなどの特徴があ ります。

ゲルは⾮常に古くからの伝統があり、発展と進化の多くの段階を経 て現在に受け継がれた住居である。ゲルは約 3000 年前から現在の⼀ 般的なゲルに発展し、遊牧⺠の⽣活の主要な必需品になっています。

13 世紀にはいくつかの種類のゲルがありました。例えば、引っ越し の際に⾺⾞に乗せて運ばれた⾸輪の多いゲルのことを⾺⾞ゲル、国 内外の⼤使を迎え数百⼈が⼊れる会議などを開くゲルをシルテゲー ン・ゲルと呼びます。貴族が戦争に持ち込む軍⽤のゲルがゲルーゲと そして、柳とその壁が草で覆われた家は草の家と呼ばれ、オルツの形 をしたゲルをホシリグゲルと⾔います。

また、13 世紀には帝王達はゲルを数⼗頭の⽜⾞に運ばれていました。 ⼤きなゲルを加えて、4 頭または 8 頭の⽜⾞の⼩さなゲルもたくさ んありました。中世時代の観光客の記録では「モンゴル⼈の⽜⾞のゲ ル移動は、まるで⼤都市を移動しているように⾒える」と書かれてい ます。

16 世紀から何回も形を変え現在のゲルの形になりました。ゲルの⼤ きさは住む⼈の⽴場、上位、豊かさなどにも関係していた。普通の遊 牧⺠のゲルは 4-5 枚の壁があるが、貴族のゲは通常 6-8 枚の壁、地 ⽅庁のゲルは 10-12 枚の壁がありました。また、貴族はゲルの上に ⽀柱を使って雪、⾬、⾵から家を守り、ゲルの外側の覆いに⾚と⻘の 模様を⼊れていました。⾚⾊の模様が喜びを表し、⻘⾊の模様が空を 表します。このようにゲルの覆いに模様を⼊れるようになったのは、 仏教の影響により、宗教的な習慣から始めたそうです。 この時代の貧しい⼈々の家はチェーズ、トフィ、ハトゴールゲルなど と呼ばれていました。 チェーズゲルとは壁と天窓のトーノとそれを ⽀える梁だけ(ウニ)のゲルのことで、ハトゴールゲルとは、四つの ⾓度があって屋根が少しあるゲルのことです。壁を柳で作られたゲ ルをトヴィゲルと呼びます。

ゲルの重さは 250〜270kg なので、折り畳んでラクダやヤクで運ぶこ とができる。組み⽴ても簡単なので 2〜3 ⼈で数時間に建てることが でき、そもそも遊牧⺠の⽣活に適⽤している住居なので軽くてコン パクトなのです。移動している遊牧⺠を⾒かけたら必ずお茶や乳製 品を持って⾏って、挨拶するという習慣があります。

モンゴル⺠族⾐装

遊牧⺠の⽂化とともに、⾃然、気候、四季、農業に適した⾐服は何千 年もの間開発され、⼈間⽂化の中で主要な独⽴した有形⽂化材にな りました。

ウリアンカイ

バヤド

カルフ

ダリガン

ダリガン

畜産をやって、⾺に乗る遊牧⺠はズボンとチョッキが主服で、次第に デールを着るようになりました。モンゴルの⺠族⾐装はマントに似 ており、ポケットはありません。暖かさを保つためベルトで結んでお り、ベルトにはナイフポーチ、スナッフバッグ、パイプバッグなどの 必需品を付けています。

モンゴル⼈は主に斜めまたは正⽅形の裾のデールを着ています。加 ⼯された⾰、⽺⽑の布、⽑⽪、綿の布などの原材料からデールを作り、 宝⽯、模様、⾦と銀、真珠、宝⽯で飾ります。

モンゴル衣装の装飾品:

モンゴル衣装には金と銀の装飾品がありま す。男性用のアグサルガ・ベルトの基本飾品はナイフ、ベル、カップ、 鼻タバの入れ物(もゴルゴではダーリンと言います)などが付いてい ます。ミャンガドとブリヤード族の女性を除いて、モンゴル女性はベ ルトにアクセサリーを着用しません。 乗馬用ベルトなどは革と金属工職人のユニークな作品が多い。職人 達は装飾品を作るときは鋼の彫刻、金銀などを溶かし、乾燥させるな ど様々方法を使用して装飾品を作ります。

モンゴルブーツ:

モンゴル人は革底、キルティング底、および薄い皮 付きのつま先を上げたブーツを作り履いていました。モンゴルでは、 20 以上の⺠族があり、習慣、衣服、ライフスタイルの伝統を通じて 無形文化を表現し生活をしています。そのため、モンゴルブーツは形 やデザインが非常に多いです。たとえば、モンゴルのブーツ、ブリヤ ードブーツ、オイラドのゴトン、ツァラグ、トーフー、モンゴル相撲 のブーツなどさまざまな形、サイズ、色のブーツがあります。ブーツ に模様を入れて作りますが、通常は8〜32の模様がある。模様の数 もその人の立場、上位を表す。

モンゴルブーツのつま先が上がっている理由は自然を大切にし、土 壌を傷つけないという考えからです。 王や貴族、僧侶のブーツは針巻き、革織りなどの方法で作成していた。 靴下もこの様に美しい模様、針糸、羊の結び目、革織り、薄い皮で作 るなど工夫しています。